2009年09月27日

閉園した動物園の話

■「到津の森の詩―市民の森・到津遊園が育んだ児童文化と環境教育」

到津の森の詩―市民の森・到津遊園が育んだ児童文化と環境教育到津の森の詩―市民の森・到津遊園が育んだ児童文化と環境教育

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★★★★☆

 福岡県北九州市に到津(いとうづ)の森公園という動物園がある。
 到津の森、私としては世界一の動物園だ。一般的に言っても、現園長の岩野俊郎氏と旭山動物園の名誉園長・小菅(こすげ)正夫氏が数十年も親友であるという点、つまりお互いが認め合った者同士という点からも、到津の森のレベルの高さがうかがい知れる。

 到津の森はかつて到津遊園と呼ばれていた。
 1998年4月20日、西鉄「到津遊園」の廃園が発表された。
 西鉄とは西日本鉄道株式会社のこと、うまりバスやら電車やらを運営している企業だ。この西鉄の前身会社が沿線住民への社会貢献を目的に、1932年(昭和7年)に開設した遊園地(のちに動物園が併設)が到津遊園であった。
 到津遊園は、戦争をくぐりぬけた歴史を持ち、動物園のサマースクールとしては日本一古い「到津遊園林間学校」では、のべ5万人の子どもたちが学んだ。北九州市の真ん中に位置し、都心からも近く、にもかかわらず全国有数の照葉樹林を備えたこの市民のオアシスはしかし、近隣のレジャー施設の増加や施設の劣化、動物園人気の低下等々の理由から赤字を累積した挙げ句、西鉄そのものの財政まで圧迫し、2000年(平成12年)5月31日、閉園した。

 ところがだ、「到津遊園」は復活したのだ。2002年(平成14年)4月に、その名を「到津の森公園」と変えて市民の前に帰ってきた。
 到津遊園は大改装を行い、その歴史を内包したまま、まったく新しい市民の憩いの場となった。

 この復活劇を、その立役者である北九州インタープリテーション研究会が綴ったのが当書だ。
 こうした記録の場合、存続運動の推移や成果を滔々(とうとう)と語るものかと思いきや、書面のほとんどを到津遊園そのものの記録や成果に費やしている点が好感が持てる。
 そうか、だからこそ、あのコンクリート剥(む)き出しの檻の、旧態然とした動物園であった到津遊園なのに、その閉園が決まった途端、マスコミが動き、市民が立ち上がったのか。北九州市が施設を買い上げて存続を決定することができたのか。ああ、なんと住民に愛されていた動物園だったのか。そういうことがわかる。 

 異論反論あるだろうが、私は子どもたちのために動物園は必要だと断言する。絶対必要とは言わないが、少なくとも「今の日本」には、あったほうがいい。金の流れとか仕事のこととかを教えるより前にすることがあるだろう。
 いのちを感じ、考えること。いのちってなんだろう。私は誰だろう、私が存在しているってどういうことだろう。そもそも私が私と思っている「これ」はなんだ。
 我らヒトが生きるにあたりいちばん大事なこと。名誉とか金とか快楽とか、老化への忌避や死への恐れとか、そんな些細なことをすべて超越する大事なことについて、考える手がかりが動物園にはあふれている。なんか話がずれてきたか。

 しかしあれだな。好きな対象の過去(過去)を調べてひとりで納得して悦に入る。もう恋だな。てゆかストーカーか。盲目。
 

関連記事→「戦え動物園」

到津の森公園 公式サイト
http://www.kpfmmf.jp/zoo/


戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)
島 泰三

「旭山動物園」革命―夢を実現した復活プロジェクト (角川oneテーマ21) 動物園にできること (文春文庫) 旭山動物園園長が語る命のメッセージ 旭山動物園の奇跡 旭山動物園のつくり方 (文春文庫PLUS)

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